「reunion エピローグ」~ジェイシェリ再会のお話三部作・結び

 それから10分も経たないうちに、複数のエージェントがやって来て、ジョセフの身柄を確保して行った。この家に来る途中、ジェイクはレオンに連絡を入れていた。その時点で既に手配されていたのだろう。

 ジョセフは、シェリーという"機密事項"に長く関わった関係上、通常の犯罪者とはまた違う扱いを受けるようだったが、それでも一つ言えるのは、彼は"G"の研究やシェリーに近づく機会を永遠に失ったということだった。

 そして今、シェリーとジェイクは救急搬送用のバンの中にいる。救急救命用の機材や簡易ベッドが置かれた車内のベンチに二人は並んで座っていた。

 ジェイクから着替え用のシャツを借りたシェリーは、一見平常な様子だが、拉致監禁されていた際に薬物を使われていることから、念のための検査が必要と判断されていた。そして、そこへ当然の表情で「俺が付き添う」とジェイクが乗り込んできたのだ。

 離れ難い気持ちだったシェリーは心からそれを嬉しく思ったのだが、逆にその浮つきがシェリーに隙を作り、思わぬ発作の引き金となろうとは。


 それは車が走り出して間もなくだった。個室のような形で隔絶され、消毒薬の臭いが漂う空間。シェリーはそれらが、あの監禁されていた部屋を思い出させることに気付いた。それと同時に、"ある可能性"についても。

 シェリーは隣に座っているジェイクをこっそり盗み見た。

 ジェイクはというと、発車直後からずっと、明後日の方向を向いている。

 シェリーの視線には最初から気づいていたが、ジェイクにはどうしてもそちらを見ることができなかった。あの後、ジェイクはザックに入れていた自分の着替えのシャツをシェリーに着させた。身長差のおかげで太ももの半ばまで隠れたことで、その時ばかりは安心したもののーーよく見るとそれはそれで、むしろ裸よりもいっそ煽情的で、結局ジェイクはシェリーを直視できなくなってしまったのだった。だが、その緊張感に気づく余裕は今のシェリーには無かった。

「…ジェイク…」

 名を呼びながら、シェリーが恐る恐る、ジェイクの二の腕に触れる。ジェイクは動揺を悟られまいと、極力平静を装った声で応えた。

「どうした」

「ううん…あの…本当に…ジェイクなんだよね…?」

「あぁ?」

 今更何をと、思わずシェリーの方を向いてしまったジェイクは瞬時に後悔したが、もう後の祭だ。どこか不安げな瞳で自分を見上げるシェリーに、ジェイクの視線は絡め取られていた。

「何言ってんだよ…やっぱりどっか悪いんじゃねえのか」

 勝手に湧いてくる劣情を誤魔化すように、わざと意地悪くからかってみる。が、シェリーからはいつもの様な反撃は無い。それどころか、眩しいほど白い太ももをもじもじと揺らしながら、ジェイクの苦悩など知る由もないシェリーはぼそぼそと呟き始めた。

「私、監禁されてた時、本当に恐ろしい夢を見てて…何度も覚めてって願ったけど駄目で…だから、もしかして、今この瞬間も」

 そこまで言うと、無意識的な動作で再びジェイクの二の腕を強く掴んだ。その手から小刻みに震えているのが伝わってきて、ジェイクはそれまでの舞い上がった意識から我に返り、シェリーを見つめた。

「ほ、本当はまだ私…あそこで眠ってて…ずっと覚めることのないまま…だから、今こうしているのも、も、もしかしたら」

 シェリーはうつむきながら早口でまくし立てた。徐々に思考が乱れ、濁とした急流に飲み込まれそうな感覚に襲われる。その青ざめ怯える姿は悲痛で、見ているジェイクの胸も痛んだ。ホルマリン漬けの実験動物のように沈められていたシェリー。その記憶が目の前で彼女を蝕んでいる。助けたい。だが、どうすればいい?

 思考と同時に、本能のようなものがジェイクを突き動かした。

 シェリーの両腕を掴むと、自分の方へ引き寄せる。反射的に顔を上げたシェリーの唇に、ジェイクのそれが重なった。

  時と共にシェリーの思考も止まった。急に込み上げてきてどうしようもなくなった、あの恐怖すらも。何もかもが一瞬にして真っ白な光に包まれたようだった。時の概念を失いかけた矢先、ゆっくりジェイクは唇を離した。

「…これでも夢だと思うのかよ」

 シェリーの額に自分の額をこすりつけるようにしながら、ジェイクがかすれた声で呟く。

 先ほどからくすぶっていた自分の欲望を、シェリーを落ち着かせるという大義名分に便乗させたような行動の後ろめたさ。それでもこうする事が最善のように感じた直感。その二つが、ジェイクの中で交錯し、名状し難い遣る瀬無さをもたらしていた。その苦悶の眼差しとシェリーの見開かれた目がぶつかる。

 いつものあの輝きが、揺れ動きながらもシェリーの瞳に戻って来ようとしていた。

 そしてそこに、一切の拒絶や嫌悪の感情が見られないのを感じた瞬間、今度は純粋な衝動のままに、ジェイクは再びシェリーに唇を重ねた。

 ひとつに溶け合うような熱さがふたりを繋ぐ。

 ジェイクはシェリーの背中と頭を支えるように、逃さぬように抱え、何度も口づける。シェリーの方も戸惑うような仕草でジェイクの背に腕を回し、されるがままに身を任せていた。どちらからともなく喘ぐ様な呼吸が漏れる。

 ジェイクにとって、それは一年前の別離の時以来ずっと焦がれて来た瞬間であり、そしてシェリーにとっては、全くの想定外の状況でありながら、しかし実際にはもう随分前から待ち望んでいたことのようであった。

 再会直後の抱擁の時に感じた安らぎ。今はそこにまた違う何かが流れ込み、二人を急速に満たしていく。シェリーと、そしてジェイクでさえも、それは感じたことの無い未知の感覚だった。

 そうして二人の意識が、完全にどこか別の次元へとさらわれかけたその時ーーバンが信号で急停車した。不意に全身に襲いかかった重力に、咄嗟に唇を離し、シェリーの体を抱き止める。ジェイクは短く息を吐くと、苦い顔で天を仰いだ。

(ああくそ、やっちまった)

 徐々に歯止めが効かなくなりつつある自分を感じ、胸の内で毒づきながら、そっと目を開け、腕の中のシェリーをのぞき込む。

 ジェイクの胸元に顔を埋めていたシェリーから聞こえる、浅く短い呼吸音。肌の中で見える箇所はどこも淡く紅潮し、首筋は薄ら汗ばんでいる。何より強烈なのは、容赦なく伝わってくる激しい鼓動で、それは息苦しいほどジェイクを締め上げた。もしシェリーと、もう一歩進んだ関係になれたら。幾度となくそう思ってきたはずだった。そこまで気持ちが昇り上げたその時だった。

 そこに続く、かつて自分が立てたささやかな「誓い」が、ジェイクの意識を引き戻した。

(そうだ。そうなれたなら俺は……お前をただただ大切にしたい。そう決めたんだ)

 

 再び走り出した車の振動に集中しながら、ジェイクはシェリーの髪に頬を埋めたまま小さく呟いた。

「悪い…少し、調子に乗っちまった。…許してくれるか?」

 腕の中のシェリーが、少し間を置いてから無言で小さくうなずく。

 その仕草が可笑しくて、そして愛おしくて、その気持ちのままにジェイクは続けた。

「お前が好きだ、シェリー」

 その言葉に弾かれるように、シェリーが顔を上げる。

 ジェイクは、いよいよこれで後戻りはできないと覚悟を決めてその瞳を見据えたものの、直後決まり悪そうに苦笑いした。

「順番が狂っちまったな…」

 その表情にシェリーもまた得も言われぬ愛おしさを感じた。そして、唐突に自分の気持ちの全てを解放すべき時が来たことを悟った。全身に散らばっていた無数の思いは瞬く間に集束し、愚直なまでの言葉となって溢れ出た。

「ジェイク、私もあなたが好き」

 図らずも大きな声が出て、シェリーは咄嗟に口籠もり、うつむいた。

「その…本当に…すごく…好きなの」

 我ながら子どものような拙さが恥ずかしくて、再び顔面が紅潮していくのを感じる。だが気持ちを余すところなく伝えなくてはと、必死で再び顔を上げた。誤魔化すように笑ってみたが、瞳の端には感情の高まりから来る涙が滲んでいる。

「だから、ずっとずっと…会いたかった」

 ジェイクは頬が熱くなるのを感じた。口元が震えるのを感じ、必死で唇を噛む。

(…しまらねぇな。ったく、どんだけ喜んでやがるんだよ)

 ジェイクは自分に呆れながら、それでも果てなく胸を満たす想いのままに、もう一度シェリーを抱きしめた。薄桃色の耳朶に唇を寄せると、彼女にしか聞こえないような小声で、何事か囁く。

 くすぐったそうに耳を傾けたシェリーは、小さく頷いた後で、笑顔を綻ばせたのだった。

「ねえ、ジェイク」

「ん」

「私のことタイプじゃないって、ウソだったのね」

 蘇る記憶。ジェイクは再びばつの悪そうな顔で頭を掻くと、ぼそっと呟いた。

「かもな」

              


                                       fin.

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管理人ころが描いた(書いた)、愛するバイオハザードのファンアートと 短い二次創作小説、ゲームプレイ日記の保管庫。

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